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宇田川(木氏流)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

1佐々木氏流武藏風土記稿荏原郡北品川宿條に「神主小泉出雲勝延。系圖に『祖先は佐々木の庶流宇田川太郞左衞門某奇、宇田川和泉守長〓なり。長祿の頃豐島郡日比谷〓に住し、後當所に移る』太田道灌日記に『長祿中道灌、長清をして、ウタカキ-ウタカハ品川の館に居しむ』と。長〓四代の孫石見守勝種、元亀天正の頃、當社神職にて兼て、北條氏に屬て軍役を勤む。小田原記に大永四年正月十三日、北條氏綱江戶城を乘取、品川の住人宇田川和泉守以下降參の者共に普請の事を命ずとあれば、初て北條氏に屬せしは和泉守長清なり。同書永祿十二年武田信玄小田原出張の時此邊を追捕し、品川の字田川石見守、鈴木等を追拂とあり。又家藏古文書の寫に、石見守父子、其外都て五人連署して、品川百姓等に下知せし事みゆ。據て想ふに此人代々土着して代官など勤めしならん勝種は天正十八年十月五日死す。子二人、兄出雲守勝定は家を權、弟豐前定正は北品川宿名主兵三郞が祖なり。勝定の子小泉出雲勝重實は橘樹郡平村八幡社神職小泉某の次子なり、文祿中勝定養子として家を繼しむ。是より小泉を氏とす、慶長十九年攝州大阪の役に御祈禱を勤して、以て台總院御筆の短冊、及時服白銀等を賜、短冊は調花集待賢門院堀河の歌を書して給ふ、」と見え、又字田川氏條に「北條の家人宇田川石見守勝重が子孫にて、累代土着す。小田原記に永祿十年歸種當所に在て信玄を喰留んとして敗走せしこと見ゆ。子二人あり、長子出雲守勝定は當所稻荷社の神職となる。是今の小泉出雲が祖なり。次男豐前定正は御打入の時御案内申せしにより名主役を命ぜらる、」と。

系図・系譜

関連論文

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