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宇治土

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

伊勢國度會郡宇治〓より起り、の地の領主の意ならん。字治土公と呼ばる、同郡に大土御祖神土公とは其太神宮御鎭座傳記に社あり、關係あるか。「猿田彥大神は字運土此の氏は伊勢二所皇公氏人遠祖の神也、」また皇太神宮儀式帳に「次百船を度會の國佐古久志呂宇治家田田上宮に坐しき。その時、宇治の大内人として仕へ奉る字治の土公等の遠祖大田命を、汝國名何と問ひ賜ひき。是れ川名佐古久志留伊須々の川と申、」と。これを倭姫命世記には「猿田彥神の裔宇治土公の祖大田命參り相ひき、」と見ゆ。また大神宮諸雜事記に「字治土公遠祖大田命神は當土の土神也。然して玉串大内人となる。卽ち荒木田禰宜と相並びて祭庭に供奉するの例也、」と見ゆ。れ等によりて、神代記紀天孫降臨の條に有名なる猿田彥神と云ふは宇治の地の領主にして、天孫を迎へ奉ると云ふは、其の奇と傳へらるゝ字治土公大田命が斯く大神を迎へ奉りし事實を神話化せしにあらずやと考へらるべし。古事記天孫降臨條に「僕は國神、名は援田毘古神なり。出で居る所以は、天神の御子天降りますと聞きつる故に、御前に仕へ奉ウチノツ-ウチハタ六七二參向へ侍ふとどまをしたまひ六七二らむとして、參向へ侍ふとどまをしたまひ上代字治土公も石部(イソベ)と云ふ、き云々」と。イソ大田命の後奇と稱す。べ條を見よ。又二見氏は宇治土公姓にしてフタミ條を見よ。

系図・系譜

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