コンテンツにスキップ

子息

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

信綱十六代內膳正信恭が五代孫松尾·雅信の嫡男信門の弟より出づ。大村直澄公に從ふ士四十八人の一」と。一族に上野、佐々木、御厨の諸氏あり。又單に源姓と云ふあり。又名護屋城主志佐氏家臣に松尾氏·見ゆ。28桓武平氏文治四年、池大納言頼盛の四男武藏守知重の子隱岐守重頼·大隅國囎唹郡松山に下向し、此の地を領す。松尾城(新橋邑)は應永二十年の築造なりとぞ。その後、當城は志布志城主新〓氏、日向飫肥福島城主島津氏、肝屬領主肝屬氏等の所領となり、歷世爭奪甚だし。永祿二年肝屬兼禮·當城を陷る。その他、高城(志布志村)は松尾城南一町許にあり、松尾城の皆ならんと。又新納伊勢康久は、天文中河邊郡の松尾城主となる(地理纂考)事見え、又日向記に松尾下總守を栽せたり。29雜載その他、五島家重臣、淀稻葉藩年寄に此の氏あり(武器)。又長倉追罰記に「松尾の丸の中にまん字等」to又加賀藩給帳に「六百石(五釘貫)松尾縫殿を載せ、又伏見役人に松尾〓藏、津山藩分限帳に「五拾石松尾愼六」、畫家に芝水松尾軽(秀峰)、增山家記に「物頭松尾織部」、又茶人に松尾宗二·樂只齋あリ.その男宗五·不悛齋、その男宗政·二等齋、その男宗俊·不管齋と號す。その他、尾張、美濃、因幡、伯耆、備前、豐前、志摩等にも存す。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)

系図・系譜

関連論文

外部リンク