太郎高實(遺跡以上三流)
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概要
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姓氏家系大辞典
6遺跡以上三流の內、後世永く秩父と云ひしは、多くは前項の族なれど、系圖にては、第三項裔とするを恒とす。又當郡橫瀨村根古屋城は、往古·秩父別當武光、同十郞武網、同重綱、同重弘、同重能まで居住せしと說き、重能は男衾郡畠山に住せりと云ひ、又一說には下吉田村鶴ケ窪に居城せりとも云ふ。按ずるに、みな持城なるべし(新編風土記)、また「吉田城(下吉田村)は小名町にあり、秩父十郞武綱の城跡と云ふ、今八幡社あり」と7幕臣秩父氏秩父重〓の後裔と云ふ。この人·秩父郡下吉田村〓泉寺を開基す。子孫重國·北條氏に仕ふ、彥久保條參照。寛政系譜には、桓武平氏に收め、「六郞經泰-信〓(龜王丸)-次郞行宗(玄靖)-大炊助家周(龍法師)-孫太郞-加賀守行家(右京亮)-助三郞憲周-右兵衞督重次-又六郞重信(宗眞)-孫次郞重國-彦兵衞重能-兵衞重富(長吉、150 -久左衞門忠高-三右衞門忠明-忠〓-忠春-忠量」と載せ、家紋三花蔓、三本傘と見ゆ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)