天童(4)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
4陸前の天童氏前述賴澄の後にして、伊達藩に仕ふ。世臣諸略に「元祖伊爆守賴直(按ずるに賴直は一に貞家に作る。〓最上家系譜に從ふ)以來、羽州村山郡天童城に住し、以つに稱號と爲す。元起こ始め、十六世輝宗君の時、賴直十餘代の孫·和泉守賴貞、始めて當家の麾下に屬す。其の子甲斐賴澄(初め三郞賴久と稱す)·其の姉婿·最上義光と不和、連年戰あり、天正十二年甲申十月、天童城·陷賴澄·國分能登守盛氏の外孫なるが故に、奔りて國分に投ず。其の後、秋保彈正直盛に寄寓し、文祿中、當家十世政宗君に仕へて一家に準ぜらる今其の子孫·千三百石餘の地を領して、宮城郡八幡邑に住す」と。餘日舊記に「天童三郞殿」と0又伊達世次考に「天童城主伊豫守賴堯は、始の名·式部少輔賴道と云ふ。永正年中なり」と。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)