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天八十

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

ツクシツクシ政炊を致すの所也)。其の中に一石人あり假容して地に立つ、號して解部と曰ふ。前に一人あり、縣形にして地に伏す、號して倫人と曰ふ、(生て豬を倫むと爲し、仍りて決羅に擬す。側に石猪四頭ありて、臟物と號す(臟物とは盜物也)。彼處に亦·石馬三疋、石殿三間、石藏二間あり。古老·傳へ云ふ、雄大迹天皇の世に當り、筑紫君聲井·豪强にして暴虐、皇風に優ならず、生平の時、預め此の墓を造る。俄にして官軍動發、襲はんと欲するの間·勞の勝たざるを知り、獨り自ら豐前國上膳縣に通れ、南山峻嶺の曲に終る。是に於いて官軍·追尋して蹤を失し、士の怒·未だ濯らさず、石人の手を擊折し、石馬の頭を打ち墮す。古老·傳へて云ふ、上妻縣に、多く篤疾あるは、蓋し玆に由る歟」と見ゆ。されど、これも磐井より古きものにて、此の地方の土豪のものならん。若し磐井の墓とすれば、筑紫神社の附近にあるべまたは蓋し磐井の名の高きより、斯く附會せしに過ぎずと考へらる。猶ほ磐井を高良神社に附會するも惡し、こは物部氏の氏神にて筑紫神社と別系統たる也。此の國造の後裔に鞍橋君あり。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)

系図・系譜

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