大鹿(7)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
7下總の大鹿氏相馬郡取手城(大鹿城)主たりし豪族にして、小田氏配下の將なリ。常總軍記に「一色宮内は大鹿左衞門を亡ぼし、かの世帶を押領せむと、二百騎にて不意に押寄せたり。時しも大鹿は所勞にて、家の子須川平治、雜人五十人許にて、奥方女童を皆後の山傳して弘經寺へ隱しけり。これ大鹿が菩提所なり。今は心易しとて、須川切つて出で、散々に戰ふ。其の隙に大鹿は心靜に切腹す」とあり。程なく其の聟高井十郞復仇す。又利根川圖志に「大鹿長禪寺云々、此里は昔大魔左衞門尉の居れる砦の跡なり」と。長禪寺は文曆中織部時平の創立なりと。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第1巻』磯部甲陽堂(1942年)2頁)