大願主安
表示
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
安房守管原鑑〓、古河新兵衞尉源國安、天文十六年丁未四月二十三日』と義鑑の代也。又開基帳、夜明村印鑑宮條に귤村領主安武安房守、永祿元戊午年再興、榛札の銘に見ゆ』よ又天文二十四年百歌の中に鑑〓あり。是れ恐らく安房守ならん。然らば系圖に天文十九年に卒すと云ふは誤ならん。その男『重乘·安武民部少輔、弘治二戊展病年四十七』ta開基帳に『夜明村惠日山稱名院、天正二甲戌、安武民部少輔鐵〓代償韓醫開基』云々。重乗と鐵〓と訓同じ。弘治二は天正に先だつ二十二年也。又九州記、天正三年に『安武重則·隆信に降つて下城す』と。系圖に合はず。又同九年、龍造寺の肥後出張從軍中に安武氏あり。若し系圖の說の如くならば、重則は政勝に作るべく、後に龍造寺に屬するか。又天正六七頃に安武山城守ありて、陰德記に見ゆ。重乘の第政乘は『仲右馬助(介)、天正四戰死、年五十六』。重乘の男『政勝·安右奮門。天正四丙午、龍造寺隆信の代將橫竹(岳)越前賴次·二
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)