大越
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
岩代國田村郡(安積郡)大越邑より起る。坂上姓田村氏の一族にして、古く大越次郞あり、「のノ字ノ館」に據る。佐藤元治と同時の人と傳へらる(郡村志)。後世田村家重臣に大越紀伊守あり、上大越邑鳴神城に據る。而して紀伊守長子右近は右近館に、次子左近は追館に、家臣萩野彈正は彈正館に據り、又大越玄蕃は廣瀬大越館に據りしなど傳ふ。紀伊守、玄蕃共に田村清〓家中記に見ゆ。仙道表鑑に「天正十七年大越(橋本)紀伊守信貫も岩城勢へ降人に出でしが、伊達へ內通の陰謀あらはれ、切腹せしめらる、」と。又伊達成實日記に「天正十七年九月云々、大越紀伊守、右衞門大輔、梅雪父子(梅雪齋は顯盛、其の子右馬頭〓忠、また田村の門)、岩城へ申寄候牢人衆いんぎう申、梅雪、右衞門大輔、小野へ引除被申候事、政宗公深く口おしく存られ、門澤、くりて兩地は、小野大越の境に候間、警固相籠然るべき由仰付られ、十月末に米澤へ御歸城被成候故、片倉小十郞申され候は、小野、大越、背本意、岩城を賴入候、來年は必岩城は敵に可成由申され候」とa紀伊守はまた顯時とあり、岩城常隆に殺さる(ハシモト條參照)。德川時代、中村相馬藩の用人に此の氏あり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)