大藤內
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
備前國一宮吉備津神社(國帳に「一品吉備彥命宮、坐津高郡」と。又永萬記に「吉備津宮、社司貞則隨仰」と。)の神官にして、源頼朝、北條拳時以下の判物、建武三年松田權守の下知狀等十餘通を蔵す。又太平記卷十八に「爰に備前國一宮の在廳に、美濃幡分佐重と云ける者云々、跪て、備前國の住人に美濃權介佐重、三石の城より降人に參て候と申」と載せたり。オホテラーオホトオホトオホトーオホトウ三三 オホトウオホトカオホトコー此の氏人也。此の氏は吉備氏の族裔にして、三野國造裔なりと。傳へて云ふ、「始祖弟日子命は御友別命之第三男、三野國造三野臣。右大藤内三代之祖。是道父迄三野臣。是道子諸冬、故有て藤原朝臣に變姓。諸冬の子大藤内(建久四年五月二十八日富士野に而、曾我兄弟に打たる)。三野臣弟日子命より、是道迄代數細密に不詳。憂姓藤原傳にては、天之兒屋根命より七十代、位階數代勅許。中興之大祖王藤内隆盛-盛義-種康-國賴-賴弘(藤原朝臣)-行守-惟康(
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)