大津(7)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
7近江の大津氏興地志略に「大津城は是澤山駄屋の西にあり、今の代官屋敷、ひ公何の御亂あるの地。是れ古の城地なり。始め佐々木の家臣傳九郞賴長、大津彈正等之に居る。此の地の奉行たり。明智光秀の亡後、太閤秀吉坂本の城をこゝに遷すと見ゆ。天正十八年前州主佐々木京極高次を置く。關が原の役石田が黨之を攻めて城廢す。然る後台命あつて膳所に遷す」と。大津彈正、本姓駒井氏、大津に住せし故に大津を以て氏となす、彈正が子を傳九郞、傳十郞と云ふ、武功あリ。江源武鑑に「天文二十三年八月二十日,大津奉行大津主膳正〓宗卒す。年五十九、駒井定〓の三子なり。氏綱の時に大津奉行と爲る。子竹千代幼少なり、駒井石見守を奉行とす。永祿十年九月九日、大津四位宮の祭禮あり、神人と三井寺の僧と戰ひ、神人多く死す。三井寺よリ四宮を燒んとす。大津奉行大津主膳正兼俊、之を觀音寺城に言上し、十六日三井の僧四十五人を柳崎の濱に誅す」と。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)
尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[1]:28頁
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[2]:71頁
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[5]:3頁、32頁、109頁