大枝(1)
表示
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
大江氏は、もと大枝氏と云ふ。山城國乙訓郡なる大枝より起る。この地は和名抄所載大江〓の地にして、延喜式に「大枝墓(光仁天皇の皇后高野氏の御陵)は乙訓郡に在り」と見ゆ。大江氏は高野氏の外戚なるが故に、初め大枝朝臣の賜姓ありしなれば、此の地名を負ひしや明白なるべし。猶ほ大枝はオホエダとも訓ず。大江氏と全く關係なければ、オホエダの條にて述ぶべLo當國天草郡に大浦邑あ1大枝朝臣山城國乙訓郡大江〓の地名を負ふ。土師氏の族なり。延曆九年十二月紀に「詔して曰く。春秋の義、祖は子を以て貴し。此れ則ち禮經の垂典、帝王の恒範、朕字內に君臨し、玆に十年なり。追尊の道、猶ほ關如あり。興言之を念ふ。深く以つて懼る爲。宜しく朕の外祖父高野朝臣(乙艦)、外祖母土師宿禰(眞妹)、並に正一位を追贈す、其れ土師氏を改めて、大枝朝臣と爲すべし。夫れ先づ九族を秩す、事常典に彰なり。近より遠に及ぶ、義·憂中籍に存す。亦た宜しく菅原眞仲、土師菅麻呂等、同じく大枝朝臣となすべし矣、」と。また「外從五位下菅原宿禰道長、秋篠宿國安人等に勅して、並に姓を朝臣と賜ふ。又正六位上土師宿禰諸主等、姓を大枝朝臣と賜ふ。其れ土師氏〓べて四腹あり。中宮の母家は毛受腹也故毛受腹は大枝朝臣を賜ふ。自餘の三腹は、或は秋篠朝臣に從ひ、或は菅原朝臣に從ふ矣」と見ゆ。菅原氏系圖には「宇庭-眞仲(菅原古人の弟)延曆九年十二月、大枝姓を賜ふ、」とあり。姓氏錄、右京神別に收め、「大枝朝臣、同上(乾飯根命之後也)」と註す。後大江朝臣となる。桓武天皇の外戚たるにより此の榮譽を擔へるなり。
寛政重修諸家譜(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[309]:31頁
系図綜覧(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション)第二:145頁
- 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション)第2:142頁、143頁
- 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション):377頁