大彌(6)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
6吉備朝臣吉備氏の一派下道臣の後にして、天平十八年十月紀に「從四位下下道朝臣眞備、姓を吉備朝臣と賜ふ」と。(江談抄には「眞備·天平九年に姓を吉備朝臣と賜ふ」と見ゆ)。また同廿年十一月紀に「下道朝臣乙吉備、直、事廣の三人、並に姓を吉備朝臣と賜ふ」と見えたり。姓氏錄には左京皇別に言し、「吉備朝臣、大日本根子彦太項天皇の皇子稚武彦命の後也」と記す。猶ほ實龜六年十月紀に「前右大臣正二位動二等吉備朝眞備薨ず。左衞士少尉下道朝臣國勝の子也、云々。姓を吉備朝臣と賜ふ」とありて、天平十八年紀と符合す。眞備は我が國學間の鼻祖として、人日に噌炙す。これ以前の學者は殆んど皆歸化族より出でし也。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)