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增田(5)

提供: 氏族家系データベース

概要

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姓氏家系大辞典

5武藏の增田氏荏原郡羽田村の名族にあり。又同村に增田右衞門尉長盛が末葉なりと云ふものあれど、其の事歷の詳なることを傳へず。又深谷記、上杉普代目上野、陸前、マスタマスタマスタ美食堂 マスタマスタマスタ國天然心錄に增田郷左衞門を載す。又幡羅上增田村に增田城あり。新編風土記に「堀形土居のみ殘りて、百姓の屋敷となれり。東西九十四間、南北六十九間許の地なり。增田四郞重富と云ふもの住せり」と云ひ、比企郡の條に「増田氏、四郞重富·高見村に住居す。此の人事蹟詳ならざれど、男衾郡野原村文球寺に重富の塚あり、長享元年二月三日卒す」と云ふ。又橘樹郡下作延村圓滿寺條に開基增田駿河守滿榮·水祿元年六月十六日卒せり」と。この人·小田原役帳に「小机作延七十貫文·增田某」とあり。又高壓郡條に「増田氏·柏原村の名家なDo先祖增田正金また大水貴先と號して鍛冶を業とす。應永三十二年二月殘す。鍛する所の槍一本その家に傳ふ。身の長さ一尺三寸、忠銘に柏原住人大水と鐫す。それよりして其姿を龍ぐもの四世、今その名を失へり」と。又橘樹郡下作延邑の增田氏は、北條氏綱家臣增田駿河守滿榮の裔也。前に云へり。又「清澤村の增田氏は松波梶平が知行の農民なり。かれは小田原北條家の家人增田體河守滿榮が子孫なり。蘋果が時より當所に住リ、されど、その間の事歷を傳へず」と。又小田原役帳に「增田氏·知行小机葛名開」と記せり。又管村十六苗の一にあり、佐保田條を見よ。又塚越邑にもあり、養條を見よ。又秩父郡の社家に存し、埼玉郡等にもあり。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)

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