堂家
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
岩代の豪族にして、傳へ云ふ、「天應元年、陸奥大掾石川淨足·伊治公皆麻呂が亂を避けて、本州宮城郡多賀城より來奔し、堂家と云ふ處に潜み居りしが、終に彼こにして身まかりぬ。後其の子孫·分れて三家となり、一は堂家と稱し、一は石部と稱し、一は石塚と稱して、三浦氏の時まで、猶ほ當時の勢家たり」と新編會津風土記に「會津郡瀧澤邑館跡。葦名の比、堂家某居住すと云ふ」と見ゆ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)
岩代の豪族にして、傳へ云ふ、「天應元年、陸奥大掾石川淨足·伊治公皆麻呂が亂を避けて、本州宮城郡多賀城より來奔し、堂家と云ふ處に潜み居りしが、終に彼こにして身まかりぬ。後其の子孫·分れて三家となり、一は堂家と稱し、一は石部と稱し、一は石塚と稱して、三浦氏の時まで、猶ほ當時の勢家たり」と新編會津風土記に「會津郡瀧澤邑館跡。葦名の比、堂家某居住すと云ふ」と見ゆ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)