城(2)
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概要
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姓氏家系大辞典
2此の子孫は後世·大いに榮え、中古に於ては、蒲生郡、及び神前郡の大領となリ、一族近江に蔓延せしが、殊に鎌倉時代に至り、定綱、經高、盛綱、高綱、義〓等、皆頼朝に仕へて功あり、一族天下に重きをなす、近江源氏これなり。佐々木條を見よ。中古の氏人には、天平十八年八月紀に「蒲生郡大領正八位上佐々貴山君親人に、從五位下を賜ふ、」と。また「神前郡大領正八位下佐々貴山君足人に、正六位上を賜ふ」と載せ、下りて延曆四年正月紀に「近江國蒲生郡の大領·外從六位上佐々貴山公由氣比に、外從五位下を授く」と見ゆ。姓氏錄は、左京及び攝津皇別に收め、前者には、「佐々木山君、阿倍朝臣の同祖」と記し、後者は次項にあり。また延曆六年四月紀に「蒲生の釆女·佐々貴山公賀比、」嘉祥三年四月紀に佐々貴山公仲繼、貞觀二年十一月二十六日紀に佐々木山宮子。又元慶元年十二月紀に「近江國蒲生郡大領外正六位上佐々貴山公是野に外從五位下を投く。米二千斛、穀三千斛を獻じて、國用を助くるを以つて也」と云ひ、下りて東寺文書、承平二年正月廿一日の蓮生郡安吉〓字土田庄田卷に一佐々貴峰雄、京戶佐々貴豐庭、郡老佐々貴山公房雄、」また朝野群載、天曆十年の官符に「近江國追捕·佐々貴山公興恒」などあり。釆女を奉り、又多くの米穀を獻ずる事實等に微して、其の勢力を窺ふべく、又追捕使なるによりて、早く武事に携はりしを知るべき也。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)