遺はされて、隼人を平ぐ。復券の日、御馬一疋を献ず、額に町形の廻毛あり。天皇·之を喜び給ひ、姓を額田部と賜ふ也」と註し、後者は「額田部湯坐連。天津彥根命五世の孫乎田部連の後也」と載せたり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)