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圓城寺

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

下總國印幡郡城村圓城寺より起る。桓武平氏千葉氏の族なリ。始め千葉常胤の子日胤·圓城寺に居る。會ま以仁王兵を起す、軍に從つて死す。賴朝·伊賀山田〓を寺門に寄せて其の冥福を断る、此の氏は其の族裔なりと。千葉氏四老の一にして、根古谷城に據る。其の墓·稻葉村にあり。龍腹寺寶塔造立の鋼牌に「大檀那平胤直云々、圓城寺肥前守胤定、」鎌倉大草紙に「應永云々、圓城寺下野守云々、」また「享德四年六月、成氏爲退治、云々、爰に千葉介が近親に原越後守胤房、同筑後守胤茂、圓城寺下野守尙任と云者あり、共に有勢の兵なリ。」また「大將胤宣乳母子圓城寺藤五郞直時、」また「圓城寺又三郞、」「圓城寺目軽守、」等を載せ、下總小金本土寺造去帳に「圓城寺因幡守(嘉吉四甲子卯月)、圓城寺平六(明應七度午正月)、圓城寺肥前守妙前、圓城寺若狭守妙若、圓城寺能登等を擧ぐ。又小田原分限帳に此の氏見ゆ。又九州にも此の氏あり、卽ち肥前河上社文書に圓城寺左衞門尉(建武四年)、蓋し千葉氏に從ひ下りしか。又筑後田中家臣知行割帳に「四百石·圓城寺勸九」を擧ぐ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第1巻』磯部甲陽堂(1942年)2頁)

系図・系譜

関連論文

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