國人
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
條東鑑卷十八に鶴間太郞と後醍醐天皇ウツミウツミネ-ウツロ六九三 ウテ-ウテエチウテエチ-ウテナウト六日蓮谷に放火し、坊主を禽りす。是れより先宇津呂氏數世此の城に居たりけるが、天正八年勝家之を圍みて城を陷し、丹波、同藤六の首を安土へ送る。相傳ふ宇津呂の先祖御幸塚の藤原實定の子を養子とす。之を淡路守定元と云。是より數世の後、字津呂備前に至て釋賊に與し、一隊の將たり。其子を丹波と云。然るに今年勝家の爲に討たる。今の小松多太八幡神職古曾部某は此の後胤と云。實定は花山法皇加州徽行の時、供奉近臣七人の內と也。法皇徵行の事は、加賀來因卷にあり。又我臣大阪役等に出る堀才之助の祖は此丹波の舊臣なり」と。又同郡城山(百輕海郷金平、大野、江指、三村領)條に「相傳字津呂丹波別巻地也」と見ゆ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第1巻』磯部甲陽堂(1942年)2頁)