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四條(9)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

9南朝四條家前項四條家は南朝の忠臣として、最も有名也。殊に隆資卿は、分脈に頭撿別當、大納言、正二、善勝長、南朝に於いて一品に叙す。觀應三五十一、南の君、八幡に軍御す。而して今日南軍敗北の刻、御陣に砥侯するにより、戰場に於いて討死し了る」と太平記には卷一に四條中納言隆資、その他、甚だ多し。その子は分脈に「隆量(左少將、元弘三誅せらる)、隆童(左少將、兵部卿親王祗候、打死)、隆任(木工頭)、隆俊(候南朝)、女子(右大臣實俊公妾、公永母)、隆保」と。内隆俊は太平記卷三十四に「四條中納言隆俊」と見ゆ。紀伊續風土記、在田郡中原村條に「阿瀨川城跡。四條中納言隆俊卿、龍門山の戰に打負けて、此の域に入る」など、又在田郡二川村にもその域跡あり。その他諸書に多し。また太平記に「四條大納言隆資の子息少去々年よ將有責は、伊豫國の國司にて、リ在國せらる」とo 10四條家(藤原北家輕長流)字治左大臣御印四條字治左大臣頼長の子師長(太政大臣、妙音院)も.四條と號す。源平盛衰記に「四條大臣師長」とあり。11四條家(大中臣氏流)尊卑分脈に「大中臣能宜(祭主。號三條)-輔親(祭主、神祇伯、號四條)-輔經(祭主)-親定(同) -親仲(同)-親隆(同、號山幡)」と見ゆ。輔親の女は有名なる伊勢大輔なり。12藤原北家上杉氏族上杉兵庫頭憲房の子中務少輔素藤、四條上杉と稱す。其〇子「朝房-房方、」また朝房の弟「朝宗-氏憲」なり。永享以來御番帳に「外樣衆·四條上杉中務少輔」とある、これ也。13秀〓流藤原妊小山氏流秀〓流系圖に「小山政光の子政光(四條等祖)、」また結城系圖に「政光-朝政-朝長-政長低理亮、四條祖)」などあり。14藤原姓中興系圖に「四條、藤原、駿河守の子因幡守」と見ゆ。15甲斐の四條氏藤原氏にして、四條中務三郞左衞門賴基あり、日蓮年譜に見ゆ。八代郡内船村の名族也と云ふ。日蓮の檀那四條金吾父子と云ふも同一か。16雜載東鑑文治二年條に「下總國木內莊、二位大納言領」と、四條隆房にして、第八項四條家也又俗說に「嵯峨天皇の御宇、四條左大臣公光が子百合若大臣云々。」鎭四要略に「寬元四年、四條大納言家領、筑後三瀦莊に朝日寺を造る」と。五條家文書、隆資花押のものに「三滿庄に相傳候家領云々、」と載せ、耳書に四條中納言と見ゆ。第九項四條家也。豐後圖田帳に「重國名、四條侍從殿知行」と。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)

寛政重修諸家譜(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[12]:33頁、38頁
  • 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[167]:58頁
  • 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[176]:130頁
  • 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[220]:69頁
  • 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[228]:40頁
  • 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[266]:39頁

本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[249]:23頁

系図・系譜

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