和光(2)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
2讃岐の和氣公最行帝の御裔にして、此の和氣は別に同じ。伊藤御村別の後にして、貞觀八年十月紀に「讃岐國那珂郡の人·因支首秋主、同姓道麻呂、宅主、多度郡の人·因支首純雄、同姓國益、巨足、男擺、文武、陶道等の九人に、姓を和氣公と〓ふ。其先は武國凝別皇子の苗齋也」と載せ、その系は圓珍の和氣系圖に「(因支首)忍川-止伊-身-友足-石弓-道万呂(三實には道麻呂)-宅成-倫圓珍得度也)」と見ゆ。その他、前述貞觀八年紀の人々多くあり、御村條(五九〇三頁以下)に詳かなり。圓珍の事は、天台座主記に「圓珍和尙は、體岐國郡珂郡金倉郷の人、和氣氏母は佐伯氏、空海阿闍梨の姪也と載せ、また明匠略傳に「智證大師圓珍。俗姓は和氣、讃岐國那珂郡金倉郷の人也。父は宅成、母は佐伯氏、故僧正空海の姪也」とaまた天長十年度牒に「沙彌圓珍。年十九、讚岐國那珂郡金倉輝戶主回支首宅成の戶口·同姓廣雄」と見え、また諸門跡譜に「智證大師は、法講圓参、和氏、讀州那珂郡の人、父は宅成、母は佐伯氏、弘法の場、弘仁六年に生る」と。また元享釋書に「釋圓珍。姓和氏、讀州郡珂郡人、父は宅成、母は佐氏、弘法の甥也。其の家巨富」など載せたり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)