吳服
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
條を見よ。その他越中に吳服庄、また御服庄あり。又阿波の豪族に吳服氏ありて、仁木氏より出づ。はじめ細川眞之の臣に仁木又五郞義治と云ふ者あり、蜂須賀家政·阿波入國の後、紺屋司を命ぜらる。その四世治思·吳服御用商人となり、七世義章に至リ、吳服を姓とし、今日に及ぶ。その系は「義治(仁木又五郞、多氏の族也。コヒフチコヒミツ-コフエコフカ-コフク二三六七 コフクシーコフシロコフシローコフナココフナツ-コヘ美大八紺屋司、承應二年卒)-義幹(五左衞門、道慶と號す、寛文八年卒)-義祐(五左衞門、宗琳と號す、元祿十七年卒)-治忠(〓兵衞、吳服御用商人、享保十年卒)-賴隆(〓助、明和二年卒)-政房(壽五郞、天明二年卒) -義章(吳服又五郞、天保十一年卒)-義貴(同文政八年卒)-義堅(同)-義讀(吳服五左衞門)-又藏(現主)」と。(阿波〓古雜抄、勝浦郡志)。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)