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名方

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

阿波國に名方郡あり、神護景露元年三月紀に初見す。寛平八年に至り、二郡に別る。和名抄、名方東郡、名方四郡·これにして、又名東、名四に作る。和名抄、名方東郡に名方〓を收め、奈加太と註す。此の郡名は氏族〓究上、面白ければ舊說の一部を引用せん。「此の名方郡の名義については、今までに凡そ三つの說があつた。先づ『延喜式、名方郡に多祁御奈刀彌神社があるが、その神名は、恐らく建御名方命の事と考へらるれば、その御名の上下を略して名方とした』と云園近江国栗太郡に中柚庄あその本據·傳縣名を移し、又豐玉比賣命を奉害し、多數の安曇部を部曲とし、此の地の海部を六配して居た、そのながい年月の内に、かの有名な皇室と安曇氏とを結びつける神話、彥火々出見命の海神宮避幸も此の地に當てらるゝに毛つたらしい。そして尊の御歌に一中つ負、鴨とく嶋に吾いねし妹は忘れじ、世のこと〓〓に』によつて、此の名方郡に賀茂〓があり、そこに德島市が榮えて居る。つまり『かもとくしま』を、鴨着く嶋と解せずして、全部地名と解釋して、此の地にかやうな名を與へたのであらう、」と。此の推定によつて、古代の安曇氏の活動を窺へば、解釋易々たるを覺ゆべし。なほ此の氏も現存す。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)

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