吉彌侯(9)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
9常陸の吉美侯氏常陸國那珂郡茨城郡吉田社の社職に古く吉美侯氏あり。常社は神名帳·那賀郡に收め、吉田神社(名神大)と見ゆ。天安元年·從四位下、貞觀五年に其の上、元慶二年に正四位下次條氏神話を受け給ひし名社にして、後世第三宮と稱す。この氏が如何なる關係によりて、富社と關係を結びしかは詳かならず。吉美侯氏は吉彌侯氏に同じく、貞觀紀に俘囚と見ゆ、第三項を見よ。新編國志に「當國安置の俘囚は、大〓は吉美侯氏なりしと見ゆ。但しこの氏は、其の内の首領にてありしならん。其の後、この門族、那可郡吉田神社の社司となれり。吉田社に藏せる寛治四年の文書に、宮司正六位上吉美侯某、大祝大舍人某とあり。世々この社司たりしが、長承中に至りて停止せられしと見えて、水安二年の辨官屎に、國解の文を引きて『謹んで案内を檢するに、當社は、吉美侯氏を以つて禰宜と爲し、社務を執らしめし所也。而るに世の澆季に及び、人·凶惡を好み、在廳官人·非法の國役を宛て課し、□部の諸人·限り有る神境を押掠す。玆により去る長水の比、支故ありて、當社の社務を、左大史小楓宿顧政重に寄せ付する也。其の後相傳執行す云々』と見えたり。これより後は吉美侯氏は如何なりけん、詳ならず」と見ゆ。オツキ條參照。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)