又太平記
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
二九二五 シモツケ卷二十三に二階堂下野判官行春あり。17〓和源氏足利氏族足利氏も下野發祥の豪族なれば、一族此の國號を稱號とするあり。殊に細川氏には細川下野入道、編川下野宮内少輔等、室町時代、下野家と稱せらる。18赤松氏族應仁記卷二に「赤松衆下野氏を載せ、又應仁別記に「赤松衆に下野云々」と。又赤松家風條々事に、御族衆として、下野殿を敢め、梶井宮本赤松系圖には「下野殿、遠州中島殿は湯郷の後藤方の子也。則祐の御若衆に參らる。故に御名字を遣はされ、赤松と號す」とあり。ゴトウ、ナカジマ條を見よ。19〓和源氏新田氏族德川氏の族にして尊卑分脈に一得川頼有の子頼泰(下野太郞)」と見え、又德川系圖に「世良田四郞太郞頼有(下野守)-賴桑(下野太郞、下野守)-賴尙-賴氏」とあり。20良岑姓良峰氏系圖に「原高成-高弘-六郞高守-高澄(下野彌六、右馬九)、」及び高守弟「經高-高通-高光-幸家(下野六耶)、」など見ゆ。21〓和源氏小河氏族水野家譜に「小河重房-重清-清房-體經(下野守)-
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)