千家
概要
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姓氏家系大辞典
本邦屈指の名族にして、地方第一の舊家と稱せらる出雲臣の後分、實に神代以來、連綿たリ。イブモ條を見よ。出雲國造は、孝時の嫡子〓孝に至り、子なかりしかば、〓考の弟孝宗に家を讓る、之を千家氏の祖とす。然るに孝宗の弟貞孝も、また別に奏聞を經て國造となる、これ北島家にして、これより國造家二流に分れ、幕末に至る。當家の系は次の如し。(五六)畫宗(興國五年國造)-(五七)直國(一に直同、建德二年國造)-(五八)孝國(一に高國、正長元年國道)-(五九)持國(寶德元年國造)-た直信(寛正二年國造)-(六一)高後(長享元年國通)-(六二)豐後(一に豐後、明應四年國造)-(六三)高勝(享祿二年國造)-(六四)直勝天文十二年國造)-(六五)慶勝(天文十二年國造)- (六六)義廣(永祿六年國造)-(六七)元勝(慶長元年國造)-(六八)尊能(寛永元年國造)-(六九)尊光(萬治三年國造)-(七〇)尊房(寛文十二年國造)-(七一)直治(天和年國造)-(七二)宗敏(元祿十年國造)- (七三)廣滿(元祿十四年國造)-(七四)豐昌(元藤十五年國造)-(七五)豐實(享保元年國造)-(七六)使時(享保十年國造) -(七七)俊秀(安永五年國造)-(七八)尊之(寛政七年國造)-(七九)尊孫(天保三年國造)- (八〇)尊澄(明治二年國造、男爵を授けらる)-(八一)尊福(從二位)-(八二)尊紀(從三番、尊福の第、出雲大社宮司)-(八三)尊統(尊紀長子、出雲大社宮司勅14)也。船上錄に「元弘三年二月廿七日、大社の神官仙間の國造が郞從共、國司と一つに成り云々」と。佐々木古志氏系圖に「氏信の妹は國造千家直信が妻、」「展信が妹は國造千家豐後が妻、」「重信の妹は千家宮内少輔が害と。又堀尾山城守給帳に「拾石千家太左衞門」とa俊勝の二男優信〔日古主)俊秀の子俊信(清示俊秀の子俊信(清主)、尊孫、尊澄等、皆國學者として名あり。イブモ、クニノミヤツコ條參照。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)