十一年大
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
日置條神名式、當國高島郡に神名式、更級郡に日置珠洲郡に日置つ+、ヘキヘヘキヘ(五三 ·十、五三三二給歷名帳に「日置部身女、外一人、波如里日置部奥杼美賣、外に四人、出雲〓朝妻里日置部加佐賣、外三人、朝山鄉日置部女津賣、外七人、稗原郷日置部意斐、外一人、國村里日置部賣豆賣、外二人、伊秩〓日置部大麻呂、外一人、狹結驛日置部組手賣、神戶日置部龍、外五人、足幡里日置部帶、外一人、小田里日置部勝城村里日置部島足、外一人、滑狹〓日置部宅津賣、多級里日置部奈利等、凡べて六十餘人を載せ、猶ほ置部と云ふも見え、又日置氏も多し、兩條、及び日置伴部條を見よ。又延喜式に「凡そ出雲國に内外日置田二町を置く」と見え、地名辭書に『此の日置の語は、諸家の離解とする所にして日置を置〓とも云へリと見ゆ。此の伴部は部民の名として、史書に著はる者なけれど、郷里の名には、諸州郡に多く存す。(日御前の神主日置氏は當國の名家也。延喜式の日置田は此の家にて掌れるにあらずや)。田制篇に「日置はヘキとも、ヒキとも、ヒオキとも副めり。古事記に幣岐君、姓氏にに置置朝臣見え、拾芥抄に目置倉人、日置部あり。和名抄郡〓の名に日置·數多見え、比於木、比岐·兩樣の訓あり。是は何なる義に由れるか知り離けれど、かく諸國に日置と稱する地多きを以つて之を推すに、古へより日置部の奉仕すべき職掌ありて、國々に居住したりけむを、中古以降、其の職は廢せられて、其の名のみ存せるにや。延喜式に出雲國にのみ、内外日置を置けるも、蓋し其の由ありて、此の國に在る氏人などに賜へるにや。又日置は日調、日奉などの如く、氏人の職掌に屬きたる名にて、出雲大社などに其の職掌の存せるあるによりて、此の田を置れしにや」。風土記の署名の人々の中に、置部臣一
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)