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北川(6)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

6筑後の北川氏田中家臣知行割帳に、「四百五十石北川加右衞門、二百四十石北川臭左衞門、三百石北川出雲、」又筑後國史に「十軒屋敷北川安右衞門、」また上妻郡、「黑木住北川藤左衞門、(今按ずるに、前の帳·二百五十石小川與左衞門あり、此の人歟)。生國は近江、豐前守護毛利壹岐守殿に仕へ、小倉町奉行たり。慶長五年、關ヶ原一亂の時、壹岐守殿落去に付浪人す。同七年、田中兵部大輔殿に仕へ、山本郡善導寺村、竹野郡筒井村にて、二百五十石を知行し、生葉竹野兩郡廿ヶ村の代官役、臺所役を兼帶す。久兵衛殿近江へ國替に付、藤左衞門嫡子傳兵衞と共に供奉す。久兵衞殿近江にて浪人、故に藤左衞門は京都に行きて浪人す。傳兵衞は筑前に下り、黑田市正殿に仕へ、父子共に道連寺にて死去す。屋敷は永滿寺に之れあり。次男三郞右衞門、三男半助黑木に來住す。三郞右衛門の子藤左衞門、半助の子〓兵衞、並に子孫あり(北川藤左衞門筆記、同人遠孫小倉屋宗四耶藏)」と見ゆ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)

系図・系譜

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