勇山(2)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
2河内の勇山氏河內の著姓なり。弘仁元年十月紀に「河內國人從七位下勇山國島、正七位下家繼、正八位上眞繼、從八位下文耀等、此姓を連と賜ふ」と見ゆ。の氏は膽狹山部の後裔にて無姓の氏たりしが、文繼出づるに及び大いに起る。皮は弘仁の初年漸く從八位下に過ぎざりしが、その文才の認めらるゝや官位しきりに進み、大學助、紀傳博士、後東宮學士等となり、凌雲、文華秀麗、經國の三集に名を聽す。文華秀麗集序には一九九九位下行大學助紀傳博士臣勇山文繼」と載せ、經國集序には「從四位下行東宮學士臣安野宿爾文繼」と見ゆ。無姓より臣姓となり、弘仁より天長の間に於いて安野宿禰姓を賜ひしや明白なりとす。その兄家繼も亦大學博士に進めり。