2雜載豐後日田の人劉三吉翥(字君風)は、廣瀨湊窓の門、十哲の一と稱せらる。その男三郞昇(君平)は冷意と稱す、又名あり。又江戶の〓家に劉安生(元育、君織)あり、一に壽山とも號す。又石見等に此の氏存し、又安藝廣島の儒者に劉元高·見ゆ。又大和出の學者宮瀨三右衞門維輸が劉龍門と稱するは、倭漢氏の族、志賀穴太村主の裔なるに據る。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)