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前述(4)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

4平姓酒井黨平貞能の後と稱す。多紀郡栗栖野邑より起り、栗栖野城(栗栖野村に據りしが、天正六年信定に至リ退去す。丹波志に「酒井孝信三男·信綱(栗栖野、正慶年中以後、伊賀守と號す。又信綱の次を伊賀守と曰ふ、此の時山に城す)○正信(栗栖野左衞門次郎。信綱の嫡千、生死年月を知らず。又云ふ次三郞政忠の名あり)○信重(栗栖野四郞次郞、正信の鐘子、生死年月を知らず。又一に、信重の次を新三郞信〓とす)○賴重(栗栖野越中守、永祿の始め下野守と號す、永祿の末に卒す)○信政(栗栖野筑後守、天正三年卒す、賴重嫡女)○依信(中大夫、八上籠城の間病死す。賴重の二男なり、信定の若年の間·後見)○信定:善右衞門、天正六年、栗栖野城を退去して、同村に鹽居す、慶長十三年死)以上栗栖野村次郞兵衞·之を記す趣也、」と載す。又「孝信三男、信綱(矢代貞信の弟也、栗須野)-某(不知)-某(不知)-信重-某(不知、左衞門と云ふか、正信の假名を以て觀れば然り)-正信(延德四年二月廿八日、宮林への證文あり。栗栖野左衞門の一郞正信とあり)-某-賴重-信政(第に依信あり)-信定-信蜜(左兵衞、正保元申年死)-信俊(内藏之助、實は信蜜の第養子)-信治(五左衞門、初五太夫、元祿十年死)」と。又信治の弟一信顯(三耶兵衛、幼名半十郞、死年八十二歲-信次三右衞門、享保五年死、六十七。弟須〓·洛東黑谷、三十八世、到譽上人。其の弟貞忍·若林寺住)」と見ゆ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)

系図・系譜

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