前條品部
表示
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
-モトリヘモトリヘモトリヘ-モニハ六〇九一 こい、モノ-モノイヽモノイミ資文祿三年、茂庭駿河守定置(初め理兵衞秀圖)、弟尾張義秀·再興し、天正十七年、定置·田村郡門澤城に戰死し、其の子上總定元(初め理兵衞)幼稚、義秀·之が陣代と爲る。定元成長の後、釆地を義秀に分與して別家と爲す」と2岩代茂庭氏伊達郡茂庭邑より起る。伊達家の重臣にして、世臣家譜に「茂庭は舊鬼庭に作る。その祖監物實良·初めて念四公に仕ふと云ふ。老いて左月と稱し、性山公に仕へ、永井庄内川井邑を加へ賜はり、評定役と爲る。その男石見綱元入道了庵は天正中、奉行職と爲る。その畜志田郡松山〓を食み、秩凡そ
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)