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六農綿

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

村上源氏北畠氏族陸中國下閉伊郡母衣綿村より起る。北畠願家の季子顯房(季順の後にして、南部氏の奉ぜし所、之を雲綿御所と云ひしと傳ふ。南部四世事蹟考に「南部十一世政行·顯家の裔を閉伊郡農綿村に奉じ、津輕浪岡に奉ず。太平記綱目合壁、正平七年、兒島高德·奥州に下りて官軍を募る條に『奥州の官軍·顯家妾腹の子顯房を奉じて兵を起す』とあり。而して、其の段末に『顯房は僞胤なる』を言へり。又南部藏本系胤語考、浪岡氏の系に『顯家末子天童丸は、奧州津輕郡浪圖舘に居住し、浪岡氏となる』とあり。又同書襲綿氏の系に『顯家癇の氏族、奥州津輕に住し、其の支流·移りて閉伊郡袋綿村に住す。而して子孫永く此に住す。是より以前、相知れず』とあり。又大日本史、親房の傳に『顯信の子信親守親、守親·大納言に任じ、陸奥國司と爲る。子親能、其の子孫·陸奥出羽に在る者、浪岡と稱す』とあり。此に據れば浪岡氏は顯信の裔にして、顧家の裔にあらず。然らば天竜丸は裝綿氏の祖にしてま同所にあらざしん一本行丘茶■とぢ五五〇六所出詳ならず。大山因幡守の家臣に堀邊土佐と云ふ者あり、天正慶長の人なり。佐竹氏·羽州に移るの時、止つて茨城郡孫根に住す、子孫今に存す」と見ゆ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)

系図・系譜

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