公卿
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
相摸、美濃(久〓四〓)、美作等に公卿邑あり、又久〓と通じ用ひらる。又備前兒島郡熊野權現に久卿山伏あり。當國國志に「福岡莊林村に新熊野十二所大權現あり。社領三十石、山伏も同村に住し、九十三石を相傳す。公卿山伏と稱し、五流あり。其の說に曰ふ、役行者の高弟義學の徒、熊野本宮の神興を奉じ、兒島郡柘榴濱に到り、福岡に鎭坐し奉る。大寶元年の事七十〇柘榴は今の鴻村にして、福岡は卽ち林村也。又木見村に神殿を建て、之を新宮諸興寺と云ひ、那智に擬して瑜迦寺を建て、總べて三山とは名づけたり。鳥羽院元永元年、行者に長床衆徒僧官の永宣旨を賜ひ、櫻井宮覺仁法親王、三井寺に於いて熊野ラ山、井に新熊野宮檢校に補せられたまふ時、見島の長床衆徒之に隨附す。承久二年に檢校櫻井宮·當山に下向し、承瀧院に住み
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)