八田(4)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
4氏人保元物語に「下野には八田四郞、足利太郞」と四郞は知家也、義朝の子としては年齡合はず、義經の第とする如殊に非也。次に平家物語に八田四郞武者朝家(範頼に從ふ)、源平盛衰記に「常陸の八田左衞門知家」と 。又東鑑卷二、養和元年閏二月條に「八田武者所知家(吉川本に知宗)、字都宮所信房」、また四月一日條に八田太郞知重、元層元年六月一日條に「八田四郞知家(吉川本に知宗)」、同八月八日條に「八田四郞武者朝家、同男太郞朝重」と見ゆ。これより前、治承四年十月二日條に4 4日武衞の御乳女故吉川本に乳母子八田武者宗綱息女(小山下野大掾政光妻、寒河尾と號す)·領愛の末子を相具し、隅田宿に參向す云々。子息を小山七郞宗朝(朝光)と號す」と。その他、卷二、四、五、七、八、九、十三、十四、十六、十七に八田武者所知家、関東の名將にして、畠山重忠、千葉常胤と並稱さる。また卷三、四、六、九、十三に八田太郞朝重、十一に八田右衞門尉宗水、十五に八田兵衛尉、二十一に八田三郎また砂石集に故筑後の入道知家、下リて太平記卷三十三に八田左衞門太郞見増。もと新田家臣也。八田左衞門尉知家の紋は龜甲繋ぎ也と云ふ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)
尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)
本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)
華族類別譜(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)附録 巻之1:87頁