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兩(1)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

氏を一系の下に收めんとするものにして、恐らくは採リ難からむ。されど後世伊勢に伊東と稱するもの尠からず、三國地志に「鈴鹿郡平野堡、按ずるに神戶氏家臣伊東茂右衞門居守」と見ゆる如き其の一なり。此の伊東氏の事は名勝志に「平野城址。平野村字門山に在り、往昔伊東某城を築き之に居る。數世の後忠國貞治中、土岐善忠に攻られ、神戶に通る。幾もなく歸城す。政吉に至りて(一に祐吉に作る)天正九年神戶信孝を神戶城に攻む、遂に職死して城廢す、其の子孫今本村に在り(背書國誌、本村舊記)」と。猶ほ次の二項、及び伊藤條を見よ。

系図・系譜

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