內侍原
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
大和國添上郡内侍原より起る。地名辭書に「太平記元弘元年に内侍原法眼は武家方に與し、大塔宮を般ナカ若寺に襲ひたる事見ゆ。孰れかの寺司なるべし」と。又「正平六年正月、直義入道は八幡山に陣取り、諸方の合圖をまたれけるうち、知久四郎左衞門尉に千五百餘騎をさしそへ、内侍原法眼好專を殺して參るべしと下知せらる。好專は去年直義入道·都を落ちたりし時、おのが家に隱しまゐらせしかど、直義·專好を疑ひ、再びこゝを忍び出で給ひし事あるにより、今は八幡山に至り、直義入道に陳謝せばやとおもひし所に、天亡の期や至りけん、終に殺されけるは、不便なりける事どもなり」(天正本太平記)と0知久條參照。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)