住吉(4)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
4攝津の住吉社住吉大社は初め兎原郡の地にあり、和名抄に兎原郡住吉郷とある地にして、今も茨住吉社(ウバラスミヨシリ鎭座し給ふ。當社は神功皇后·住吉三神の御誨に依り、其の和魂を奉祀せしにて、仁德天皇の朝、住吉郡住吉〓の地に遷し奉る。この地は古事記仁德段に墨江之津、履仲紀六年條に住吉邑、欽明紀元年條に大伴金村住吉宅など見え、又萬葉集に墨之吉、また〓江に作り、攝津國風土記に「住吉と稱する所以は、昔息長足比賣天皇の世、住吉大神現出、而して天下を巡行し給ひ、住むべき國を覓め給ふ。時に沼名掠の長岡の前に到る、(前は、今神宮の南邊、是れ其の地)乃ち謂ひ給はく斯れ實に住むべきの國と。遂に之を讀稱して、眞住吉の住吉國と云ふ。乃ち是に神社を定む今俗に之を略し、直に須美乃叡と稱す」と。その後、古今集に至り、初めてスミヨシに作り、和名抄に須三與之と註し、郡内に住吉〓を收む。而して住吉社は延喜式に、「住吉郡住吉坐神社四座(並に名紳大社、月次、相甞、新甞)」と載せ、表筒男命、中筒男命、底筒男命及び息長帶姫命(神功皇后)の四神を祀る。本社の祠官は津守氏なり。ツモリ條を見よ。後世、神主、權神主、社務等の社職あり、又板屋、狛、津守、大宅、神奴、大領、高木の七氏を神主七家と稱す。皆津守氏の族なりと云ふ。而して其1個、神人三百餘家ありき。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)
尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[2]:41頁、101頁
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[5]:37頁
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[6]:20頁
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[7]:9頁
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[8]:24頁、98頁
本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[27]:4頁、16頁
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[75]:12頁、18頁
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[130]:2頁、3頁、21頁、30頁