伏原
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
若狭等に此の地名あり。〓原姓〓原系〓に「秀賢(舟橋始祖) -秀相(後光明院侍讀、東高倉、後光明院御代、伏原と改む。母は佐々木義賢入道承禎の女)-相賢(侍讀)-經賢八六八秀相四男、元榮相)」と載せ、又秀相の弟「賢忠(後光明院侍讀、號伏原) 11幸(大博士、主水正)」と見ゆ。賢忠以後は「賢忠-宜幸-宣通-宣條-宜光-宣武-宜明-宜論-宣足」にして、德川時代新家、〓家、二百二十九石方領百石、後二百三十石(一に三百三十石、明治三百三石)。鳥丸梅屋町東角、寺は報恩寺、外樣、明經道。現今干傳。下武藏等に此の氏存す。藤澤條參照。號御印衣伏原2雜載武藏以下此の氏あり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)