乘吉(6)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
6恒武平氏伊勢の豪族にして、家譜に「伊勢平氏にして、左衞門佐盛景八代の後胤兵庫頭爲景を祖とす」と云ひ、一に「伊券平氏季衛が九代因幡守經久(盛景の父)の裔」とあり。北畠家臣也。その系は「兵守長野呂新六中大多氣郡條に「波多瀨城址は波多瀬村字中山の山上に在り、平垣にして樹木茂生す。大永の頃、野呂房隆の第實秀·城を築きて居る。其の子實忠、其の子實高、二見の役に戰死す。其の子三郞·天正中、織田信雄に捻にせらる。三郞·時に年十五、容貌甚だ美なり、信雄·之を〓さんと欲す。三郞肯んぜずして、遂に磔せられ、城廢す(五鈴遣響、野呂氏系圖)」と。また(四行樓は、朝柄村守櫻峠、和歌山別街道の右傍に、往昔巨大の櫻樹あり。僧西行の植うる所たり。後之を伐採し、村人野呂某の家屋建藥に供す。野呂氏は五箇篠山の城主野呂氏の遺族たり、領主紀伊德川氏·特に其の伐採を許せし」と傳ふ。又を藝郡椋本に此の氏ありて、その宅跡·同村字殿町にあり。今耕地に屬し、濠址を存し、傳へて「往昔、雲林院出羽守の臣野呂民部少輔宅址なり」と云ふ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)