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丸龜

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

讃岐の丸龜城は、全讃史五七〇八飽海郡宮内邑に、丸岡民部少輪の館跡あリ、古くは盛大なりしが、戰國の頃、所領(神領)減じて、此の氏も衰ふ(新風土記)。その頃は今井氏と云へり。安倍氏の筆餘に「留守今井氏の先祖は丸岡民部大輔とて、一宮の社人にして、敏は丸の中に一引を用ひたり」とo 2秀〓流藤原姓羽前國田川郡丸岡邑より起る。武藤義氏の弟兵庫頭義興·此の地に在りて丸岡を稱號とす。砂越大乘院年代記に「天正十年、大浦義氏切腹、丸岡義興·國主三年」と 0而して風土略記に「丸岡館·大寶寺兵庫頭義興·爰に住居す。或は武藤屋形ともいふ。惡屋形義氏の第にして、義氏滅後、大山に移る」と見ゆ。一に「義氏の弟兵庫頭氏高·丸岡に居り、其の子義興は藤島に在城、後屋形を相續す」と。但し庄內物語には「諸士評議して、惡屋形の弟丸岡兵庫頭義興を大浦の城に移し、武藤の遺跡を繼がしむ」と載せ、荒澤過去帳には「義氏の甥義興·實子なきに依り、本庄繁長の男義勝を養子とす」とあり。本庄條參照。義勝は荒澤過去帳。又羽源記にも、「信州に移さる」武羽前、越前等に全讃史に「四讀の治所也。慶長七年。生駒讃岐守政·始めて之に城く」と載せたり。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)

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