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丸內三

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

)岡田太次郞。百石(同)岡田彌四郎百石、岡田喜陸。參拾五俵(外七人扶持)岡田餘所男」とあり。29備前の岡田氏備前の名族にして宇喜多氏に仕ふと云ふ。30美作の岡田氏勝南郡鹽氣村庄屋先祖宮山高篠城に居たりと)。眞庭郡影村舊神職(先祖京都より來る。其の祖岡田加賀は作州四五郡祠官の長、注連大夫の一にして、永和三年十一月隱岐守より注連大夫に宛たる文書を議すとぞ)。英田郡吉野村里正等に此の氏あり。又津山藩分限帳に岡田順藏、文八郞、等あり。31安藝の岡田氏藝藩通志廣島府立町名家丹波屋條に「丹波屋、先祖岡田彥九郞猶正は丹波の人、慶長中來りて府の坊賈となる。今の忠兵衛まで七代、ねりもの細工作り花を業とす」と見ゆ。32三河の岡田氏幡豆郡戶羽村島羽城主に岡田十内あり(二葉松)。又岡田平左衞門あり。又國學者岡田氏あり、乗穗錄を著す。33讃岐長尾氏流古代岡田氏の後か。後世又長尾氏の族、岡田村により此の氏を稱す。全讃史に「長尾大隅守元高·岡田等を領す。その三男左衞門督·岡田に城いて居る。又五男五郞左衞門·岡田の後を受く」と。又岡田城は下岡田村にあり、長尾大隅三男左衞門督之に居り、子孫綿々」と載せ、又「笑原城(在西濱)、岡田丹後居之」と云ふも見ゆ。34河野氏流伊豫國伊豫郡尚田〓(後世岡田邑)より起る。豫章記に「亦岡田の郷に居住する一族ありしをば、岡田と申奥謝郡朝妻村大原城にしける。是等は皆高市の末裔也」と載せ、又矢野系圖に「又吾河、井門、岡田の三氏皆高市氏より出づ」とあり。カウノ、ウキアナ條を見よ。35相良氏流相良系圖に「四郞兵衛尉頼親-佐牟田六郞賴俊-賴照(岡田讃岐守)」と見ゆ。36伊賀の岡田氏伊賀服部氏の一族なりと云ふ。37紀伊の岡田氏伊都郡四村莊の公文職なりしと云ふ。宇野條を見よ。38其の他、太平記卷九に岡田平六兵衞を載す、この人近江番場蓮華寺過去帳に「岡田平六兵衞尉遠秀」と見ゆ。次に上杉家臣に岡田氏あり、深谷記御普代の臣に岡田十兵衞、又結城合戰物語に上杉勢岡田氏を載せたり。德川時代、飯山本多藩城代、福山阿部藩用人、棚倉松平藩家老、前田藩城代、堅田堀田藩重臣、三草丹羽藩用人、白杵稻葉藩番頭、久居藤堂藩用人、有馬藩重臣、水戶德川藩重臣(尾州岡田の族、始め久留子紋、後幣串)水口加藤藩家老、中村相馬藩重臣、大野土井藩表用人、また筑後の代官に岡田將監、

系図・系譜

関連論文

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