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中臣(7)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

7阿麻毗舍以後の中臣氏分脈に「跨耳命-大小橋命-阿麻吼舍〓-眞人大連-鎌大夫」とこは藤原系圖に據リし也。然るに同書更に「阿麻毗舍卿-音穗命-阿毗古連(此の中間に於いて、此の二代·荒木田祠官系圖に入る、可否これを決すべし)-眞人」と載せ、又「阿麻毗舍病-阿毗古連(ト家系圖·此の中間に此の命を加ふ、正說とすべし)-眞人」と。阿毗古の一代は詳かならざれど、阿麻毗會以後は史實たるべし。眞人は姓氏錄、中臣酒屋連條に「同神(津速魂)十九世孫眞人連公」と見ゆ、兒屋根命十六代の孫也その子鎌大夫は一に賀麻に作る、欽して中央に在りし中臣氏は、勝美に至りて全く亡び、常磐の家·これに代りて中臣連となり、遂に天下に大を成したるや明白ならんか。而して鎌足の家は氏神關係等より見て、常陸の中臣氏と考へらる〓が故に、勝美減後、同姓の故を以つて中臣氏の世職を常磐に授けられしものと考へらる。中臣系圖の不備は此處に因を發す。鎌足は天智朝八年に五十六歲にて薨じたれば、推古朝二十二年の誕生也。それよリ前、一世二十年とする時は、常磐は欽明朝十五年の頃の誕生とならん。本系帳に「欽明帝に仕へ、恪勤供奉」と見ゆれば、事實は欽明朝の初年、或は其の前代の誕生にして、青年·舍人として欽明帝に仕へ、苦節匪躬の忠を盡せしにより、晩年中臣勝美減後、中臣連姓を賜ひしならん。若し欽明元年の誕生とすれば、四十六七歲の頃たる也。その父黑田は組體天皇御宇の人也」とあれば、大體の時代は、以上にて違ふ所なし。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)

寛政重修諸家譜(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[161]:4頁
  • 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[165]:5頁
  • 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[249]:53頁、54頁
  • 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[309]:31頁
  • 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[311]:36頁
  • 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[335]:68頁

本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[130]:5頁

華族類別譜(記事名の出現頁・OCR照合)

  • 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)(明治15年)下巻:186頁
  • 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)(明治17年)下巻:186頁
  • 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)附録 巻之1:113頁
  • 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)下巻神別,外別:184頁
  • 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)下巻神別,外別:178頁

系図・系譜

関連論文

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