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中原(2)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

2中原眞人天武帝の御裔にして、仁壽元年九月紀に「從五位下弘宗王、奏して、子男八人に、其の王號を改め、姓を中原眞人と賜らんと請ふ。之を許す」と載せ、また貞觀十六年二月紀に「左京人中原眞人正基に、姓を〓原眞人と賜ふ。其の先は舍人親王の後也」と見ゆ。3 (物部)中原宿禰物部氏の族にして、弘仁四年五月紀に「參河國人外從五位下物部敏久に、姓を物部中原宿禰と賜ふ」と載せたり。敏久は明法學者にして大判事たりき。又弘仁格式の撰定に與リ、後に興原宿國姓を賜ふ。令集解序に正正世古條參照又信十市氏の族か。拾芥抄等に見中林太ナカハマナカハマ-ナカハヤナカハラ二三五 ナカハラ位上行大判事臣興原宿福敏久」と見ゆ。恐らく次項氏と關係あらん、共に明法學者なれば也。中原宿禰大和磯城彦の後裔、十市縣主家十市首より出づ(トヲチ條を見よ)。中原の諸系圖及び紹運錄等には、安寧帝裔となせど、記紀になければ、採るに足らざるか。十市條に云へり。十市宿禰有象(類聚符宣抄第九)に至りて、中原姓を賜ふと云ふ。中原氏系圖に「外記局、本姓十市宿禰、天延二年十二月、宿禰を改めて、朝臣を賜ふ。安寧帝第三皇子磯城津彥命の後也云々。(從五下、大宰少貳。分脈に『大宰勝良少典、家系圖·或は之を載せず』と)-春宗(少外記、分脈に『大外記、史博士』と。又一本に『美濃介、史博士、少外記』とし、弟良忠を收め『本名良佐、博士、主計頭、少外記、從五上、天曆五年十月八日卒、七十八歲。』その子『以忠·助〓、備後守、主稅頭、從四位下、天元四年十一月四日卒、六十四歲』と見ゆ)-有象(菅博士、從四下、治部病、伊世守、大内記、中原姓を賜ふ。一本に管博士、治部大輔と)-致時(從四下、菅博士、伊世守、大內記。分脈に『伊勢守、齋宮頭、大外記、局務、博士、從四上』증一本に信濃守を加へ、弟に助〓致親、若狭守師光、勸次官長門介博士致明、小一條院殿上人右京亮致行の四人を收め、致行を或は致時男とし、その子に僧慶範を載せたり) -師任」と見ゆ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)

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