世人
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
と異名せり。秀吉に召され、寵を受く、其の頓智と滑稽、秀吉の意に合へるなり。又茶事を好み、詩歌も作れり、10後宗祐と號す。目錄帳に四十九步、丹後の杉本氏「竹野郡吉澤保、杉本蔵人、」とあり。丹後國諸庄〓保惣田數六町五段三百11丹波の杉本氏氷上郡の名族にして、丹波志には奧州日ノ本より、「杉本氏。杉本山行院來住す。子孫大名草村。先祖「大澤庄大澤村住、杉本八郞兵衞。八代目」とまた多紀郡にあり。右中興同志にの祖杉本與右衞門-助右衞門-武治-武禮-武清」とあり。12備作の杉本氏近江の杉本左衞門房忠水祿十二年七月、淺香の合戰に功ありて、義信より感狀を受く。天正四年、義知に仕へ、備前に移り、其の子杉本兵庫親信、及びその子四郞左衞門親秀は、建部の城主江田義正に屬す。其の子新五兵衞親房浪人して、建部に住し、寛永三年十月五日卒すと傳へらる。又美作安東系譜に「山城村杉本又兵衞」見ゆ。13藤原姓石清水社祠官にして、杉本御殿司と云ひ、藤原姓と稱す。14雜載この氏は、太平記卷十五に杉本判官、また卷十七に「杉本の山神大夫定範と云ひける惡僧云々」と。下りて加賀藩給帳に門衞門、門、貳百石(紋丸内花萎)杉本作太郞、百五拾石(紋丸内割木瓜)杉本幸右衞百八拾石(
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)