三林(3)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
3加賀の三林氏戰國の頃、一向衆徒に善四郞なる者あり、三林善四郞と曰ふ、天正八年、業田勝家に攻められて滅ぶ。三州志、石川郡條に「六郞舘、六郞畑は林〓内和氣寺村領に在り。並に六郞光明の館跡と云ふ。盛衰記に光明は利仁將軍六世孫とあれども、系圖を考ふるに、十世孫從五位下林太夫光家の子也。光明の子六郞光茂、其の子小二郞家綱、其の子六郞則光、相關いで林郷を領して林と稱す。天正の初よりは、三林善四郞·此の林編内の上林、中林、下林を押領し、林と號して、賊魅となり、八年に勝家が爲に亡ぼさる」と。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)