三好(2)
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
2系圖その後は、三好別記に「三好宮内大輔(法名海雲)筑前守十修理大夫-筑前守義長:長翼左京大夫義實休- -彦次郞長春(警察守) (阿賀岡守備長者) -津津守T政康安宅各:安宅甚五郞十河横帆河内守一宮長門守妻-海部宗壽妻大四角用妻有持道桂妻-宗三-下野守医師云々品山城守因幡守寒章三好は源氏、小笠原の嫡流也。賴家歟、實朝〓の時、小笠原次郞長〓の嫡子太郞尊氏將軍の代より、長經·阿州に封せられ、細川殿·四國の守護三好に居住す。たる故に、三好·其の幕下に屬し、戰國より以來は家僕となる。其の後、公私とも數代を經て、細川殿·文武共に衰るへしかば、有勢といひ、武勇といひ、かた〓〓並ぶ人なきゆへに、三好に諸事を任三好·四國の兵をひきいて上洛L,畿内度々の戰功、武威をふるまひ、名譽を顯はし候由。但し右の系圖にこれ有る三好海雲、喜雲の二代は幾内の軍にまけて切腹なり。珠に喜雲は泉州堺のうち、堅法寺に稲籠リ、佛前にて切腹し、腸をつかみ、天井へ投げ付けたる由、其の時、堺の餅屋·日ごろ喜雲の恩を受けたりとて、寺へこもり、山門へあがり、遠見して居たるに、敵間近くよせかけゝれば、門の上にて腹を切り飛落ちてしする。大德寺の長老これを感じ、葬禮に先づ喜雲に燒香し、次にかの餅屋に燒香せられたる由、扨て永義は、その時十歲ばかり成りけるを、三好宗三と松永久秀と心一にしてもりたて候。十七歳より弓矢をとり、武功比類なくして、畿内にうつてのぼり、攝州の木戶、近江の佐々木、越前の朝倉、紀州の畠山と挑み戰ひ、度々名譽これ有る由、又第三好實休は阿波に留り、細川殿の家内をおさめ候」と。また三好系圖に「其の先·甲州源氏、小笠原の流也。甲州より信州に移る。小笠原長清の次男孫次郞長房·阿州守護と爲る。其の子孫·阿波小笠原と號す。足利氏の天下を有つ時、細川氏·四國を領する時、其の旗下に屬す。長房八代信濃守義丹·阿州三好色に住し、以つて稱號と(孫次、阿波〓和天皇(巳下異之)-長房守、號忠心法印、巳下略之)-義長(三好信濃守、住阿州三好郡、初めて稱號と爲す)長行(武都大輔)-(筑前守之長入道長輝)岳亂小幅長長-長秀気前守Tige長基然元長(高長)始之長家直守:頼澄(清原守) (小古屋伊勢守)女子線有待速度1長光(芥川次郎)女子(伊四郞)一一長兵門守成功長則女子福岡彩大大出出守守和武父(芥川亦ま女子勝時〓某結果守方●門音量(持) (越別守)置神社區政長-政勝(國際守) (政廉)右衛門大夫入道番三下野守、两年醫長崎義興台農初期長福次郎某倫千代気接守筑前守六四勝長左京大夫大豆大大當一存子女子字字之康(之成)-長治千鶴丸り:入道西休也が軒義興台農福次郎気接守六四左京大夫當一存子某倫千代女子十十一長勝加前肥前女子ま(長元)-(長繼)十長要長關女加畫國守喜雲 ミヨシミヨシミヨシ天大き冬康國ルー信康一宮長守東京木盛神守·一存長、-存保-某十両千聖+西部屋天下女子町日月五部傳野口雅正少男冬長(野口万五郞)嫁通性長歌名校守清朝割弧内は別本也。又別本·政長を長秀の弟とし、「政長-政勝-某(備前守、法名一任)-某(備前守)」を載せ、又元長〓基の弟に「廉長(一名一秀、三好山城守、法名笑岩(笑岸)、孫次郞、海雲第四第也)」を收め、又海部宗壽妻以下四女を長慶の妹とす。又長慶旅第に孫四郞長緣あり、「初め孫四郞、北齋と號す」と。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)
尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)
本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[120]:17頁
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[186]:25頁
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[237]:34頁
新撰姓氏録考証(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)上(巻1-10):183頁
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)下(巻11-21):98頁
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)巻首:13頁
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)巻之5:13頁
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)巻之14:10頁
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)巻之1-10:183頁、313頁
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)巻之11-21:97頁