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栗

提供: 氏族家系データベース
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概要

関連文献

姓氏家系大辞典

陸前國玉造郡一栗邑より起る。大崎氏の重臣にして、一に氏家氏ともあり。仙臺藩封内風土記に「下一栗館は大崎家臣氏家兵部隆春の居る所、卽ち一栗氏也。四館は兵部の父放牛の所居、東館は兵部の家士千田雅樂の所居、小館は半田土佐の所居なり」と見ゆ。氏人は見渡權現社傳に「大崎家臣舊邑主一栗左京第二男多田川紀二郎、水正二年の勸請する所也」と。又伊達成實記に「天正十六年正月十六日、大崎に伊達御奉公は一栗兵部少云々」と。又「天正十九年、大崎徒黨·佐沼城に據る。伊達氏·之を攻め、栗兵九郞を鷹へ之を斬り、一栗牧牛(兵九耶祖)を戰す」toまた永慶軍記に二五五十七年、玉造郡一栗の城主氏家兵部は、去年より政宗の不審を蒙りて參らず。夫とても過を悔い、從ふ色あらば、子細ありまじけれども、兼ねて傍若無人の不敵者なれば、是を事ともせず、却つて己が城に楯籠り、狂歌を詠じて政宗の陣にぞ送りける。其の歌に『政宗を木葉猿かとおもひしに、一年をば落さざりけり』음政宗見て打ち美ひ給ひ、扨も一栗が心の剛なるやつかな、侮られぬる口おしく思ふと見えたり。心底やさしければ、返歌せんとのたまひて『よそにのみゝれば木の間の一栗、終には猿の餌食なるべし』と兵部是を見て、大崎をも一度背きし事なれば、再び從はん事無念なり。是より最上に至り、義光を賴まんと、一栗を立退きて、鳴子、志戶米を打越え、小國瓶割坂の離所を過ぎ、山形に入る」Io

(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)

系図・系譜

関連論文

外部リンク