武蔵の淺草に緣故あるか。桓武平氏重高を祖とすと云ふ。東鑑に「治承五年辛丑七月若宮營作の事其の沙汰有り。而して鎌倉中に於いて然るべき工匠淺川湘兵無し、仍て武藏國後草大工字癖同を召進む可き旨御書を彼所沙汰人等中に下さる云々」と見えたり。アサクチ備中國に淺口郡あり。和名抄安佐久千と註す。