前條志託〓は後に志高莊と數目錄に云ふ。太秦廣隆寺由來書に見ゆ。「加佐郡志高莊、田二十三町一段又正應田百七步、」と。此の地より起るか。東鑑卷二十一に「したかの小次郞」見ゆ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)